■河童の恩返し▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲
昔むかし、現原(芹沢地区周辺)の殿様が領地の見まわりを終えて屋敷に帰る途中、梶無川の
橋を渡っていると馬が動かなくなってしまいました。ふりかえると子供ぐらいの怪物が、馬
のしっぽをつかんで川にひぱり込もうとしているではありませんか。殿様は「村人を困らせ
ている河童だな。こらしめてやろう。」と刀で斬りつけました。河童は悲鳴を上げて川の中
に姿を消しました。お屋敷に戻ると馬のしっぽには河童の手がぶら下がったままでした。 その晩のこと、河童がしょんぼりとやって来て「私は梶無川の河童 です。腕がないと泳げないし魚もとれません。どうぞ腕を返してく ださい。」と頼むのです。かわいそうに思った殿様が返してやりま すと、「私どもには妙薬があり腕をつなぐくらいわけありません」 と言って薬を傷口にぬりました。殿様が驚いていると「お礼にこの 薬の作り方を教えます。それにこれから毎日魚を差し上げます。も し魚が届かぬ時は、私が死んだと思ってください。」と言って帰っ ていきました。 次の日からは毎日、お屋敷前の梅の木に、魚が2匹ずつぶら下げて あるようになりました。 ![]() ある朝、いつもの梅の枝に魚がなく、殿様は河童のことが心配で川 を探させたところ、かなり上流の与沢で腕に傷跡のある年老いた河 童のしかばねが見つかりました。恩を忘れなかった河童に感動した 殿様は祠を建ててその霊をまつりました。 芹沢と捻木あたりの梶無川を手奪川と言います。河童から教わった 傷薬は、芹沢家に代々伝わり、多くの人たちが救われました。諸国 の大名から届いたお礼の書状が、今でも芹沢家に残されています。 |